2008年06月10日
帰省土産
土産のイメージが通常田舎から都市へとベクトルをとるのに対し、帰省土産というのはその逆を示す。大都会で暮らす人々が盆と正月になるといっせいに田舎を目指す。テレビでよく見る年中行事だ。彼らの手にはそれぞれ自分達の暮らす都会の帰省土産が下げられている。帰省土産は田舎から都市へと運ばれる観光地土産ではない。帰省される田舎の親兄弟たちにとってもそれは自明のことである。それでも東京なら「雷おこし」の「ひよこ」(本来は博多の土産であったが近年すっかり東京土産となってしまっている。)の「ぽんぽこ」などとまあ無難な東京土産と定着しているものがないわけではない。かといってそれらを帰省土産として持ち帰るのも能がない。何をどうすれば良いのか……かんこうちだろうが、大都市だろうが、土産の共通項はその土地らしさである。つまり、大都市にしかないものを帰省土産とすればいいのである。「さすが東京だな!」などと感心されるものを持ち帰ればいいのだ。田舎では通販でしか入手できなかったり、それもルートにのってなかったりすれば、この物流社会の時世といえども手に入らないのだ。そういうものを帰省土産にすることで、田舎と大都会の土産差別化を図るより方法はあるまい。都会で暮らすということは自然から隔離されているということである。つまり田舎と対極にある一見味気ない生活の中にも地方がうらやむ洒落たセンスの帰省土産を探すことである。田舎には決して咲いていない「花」こそが帰省土産の代表選手ではなかろうか。それはまた都会に暮らす自分が探さなくとも、テレビのおかげで田舎の方から「今度どこそこの××を買うてきて!」というような帰省土産リクエストがかかるかも知れない。一度田舎の身内に尋ねてみるといい。「今度の帰省土産は何がいい?」と。
posted by 土産 at 13:02| 日記
京都、土産
京都の土産もたくさんあって、「八橋」、「五色豆」、「千枚漬け」など枚挙にいとまがない。
しかし、京都の土産を考えた時、他県とは絶対的に違う点があるのは、観光客層の厚さである。厚さと言うのが不適切なら多面性である。大分前からアンノン族などの女の子達が京都を目指すようになった。女性雑誌はパリと京都さえ特集すれば、ある程度売れるという。これらの観光客に加えて、従来の年配層や熟年旅行組、そして外国人観光客が京都の町を走り回る。彼らの手には異国情緒たっぷりの土産品が下げられる。外国人もさまざまだから、ひと口に京都の土産といっても安手のタオルに大文字焼きと舞妓をあしらったものから、数百万するのではと思われるような着物の土産まで千差万別である。外国人から見た京都ぐらい日本でエキゾチックな所はなかろうから、京都で土産を買わないバカはおるまい。京都の層の厚さはこれに終わらない。そのほかに日本全国から京都詣でを「させられる」修学旅行生というのがいる。奈良、京都は関東、東北からも九州からもいい距離を持っており、日本の国土的中心地に君臨し、歴史的建造物がまた、観光都市「京都」を後押ししている。彼らの購入する土産物の数といったら、考えただけで気が遠くなりそうだ。まだある。京都は不思議ランドであるから、他県であまり自分の土産物など買って帰ったりしないよ、という人でも京都に行くと、なぜか自分ないし家族へと気がつけば京都らしさの何がしかの土産を手にしているというのだ。
しかし、京都の土産を考えた時、他県とは絶対的に違う点があるのは、観光客層の厚さである。厚さと言うのが不適切なら多面性である。大分前からアンノン族などの女の子達が京都を目指すようになった。女性雑誌はパリと京都さえ特集すれば、ある程度売れるという。これらの観光客に加えて、従来の年配層や熟年旅行組、そして外国人観光客が京都の町を走り回る。彼らの手には異国情緒たっぷりの土産品が下げられる。外国人もさまざまだから、ひと口に京都の土産といっても安手のタオルに大文字焼きと舞妓をあしらったものから、数百万するのではと思われるような着物の土産まで千差万別である。外国人から見た京都ぐらい日本でエキゾチックな所はなかろうから、京都で土産を買わないバカはおるまい。京都の層の厚さはこれに終わらない。そのほかに日本全国から京都詣でを「させられる」修学旅行生というのがいる。奈良、京都は関東、東北からも九州からもいい距離を持っており、日本の国土的中心地に君臨し、歴史的建造物がまた、観光都市「京都」を後押ししている。彼らの購入する土産物の数といったら、考えただけで気が遠くなりそうだ。まだある。京都は不思議ランドであるから、他県であまり自分の土産物など買って帰ったりしないよ、という人でも京都に行くと、なぜか自分ないし家族へと気がつけば京都らしさの何がしかの土産を手にしているというのだ。
posted by 土産 at 13:02| 日記
博多、土産
博多の土産の代表と言えば値は張るが当地の名を冠した博多人形が筆頭に思い起こされる。値を落としたところでは辛子明太子や、近頃では豚骨スープの博多ラーメン(たとえば「長浜ラーメン」)のパックものも博多の土産となっているようだ。御当地に必ずあったこけし人形の土産は昭和の30年、40年代の全盛期と違い、今はもうあまり土産品の座にはないような気がする。食品の土産品の中で博多の辛子明太子を嫌う人はあまりいないように思われる。今では博多の土産といえば、「辛子明太子」と言われるほどだ。
昔は博多にかぎらず全国的に弁当のおかずに塩漬けの明太子(タラコと言った方がわかりやすいかもしれないが)を焼いたものを入れていたものだ。博多の辛子明太子は韓国風に唐辛子やそのほかの調味料で味付けしたものである。
魚の卵はコレステロールが多く体によくないだの、ラーメンの麺に使われるカンスイは骨をもろくするなど、という人には博多ニワカのお面の格好をしたお煎餅を土産にどうだろうか。博多の場合、というよりも九州の場合、お煎餅というとニワカ煎餅のように甘いものを想像し、お醤油を塗って焼いたお煎餅は「塩煎餅」と必ず「塩」つまり「しょっぱい」という言葉をつけるようだ。
菓子類の土産といえばいまや全国版となった「ひよこ」は、昔は博多の土産であった。
昔は博多にかぎらず全国的に弁当のおかずに塩漬けの明太子(タラコと言った方がわかりやすいかもしれないが)を焼いたものを入れていたものだ。博多の辛子明太子は韓国風に唐辛子やそのほかの調味料で味付けしたものである。
魚の卵はコレステロールが多く体によくないだの、ラーメンの麺に使われるカンスイは骨をもろくするなど、という人には博多ニワカのお面の格好をしたお煎餅を土産にどうだろうか。博多の場合、というよりも九州の場合、お煎餅というとニワカ煎餅のように甘いものを想像し、お醤油を塗って焼いたお煎餅は「塩煎餅」と必ず「塩」つまり「しょっぱい」という言葉をつけるようだ。
菓子類の土産といえばいまや全国版となった「ひよこ」は、昔は博多の土産であった。
posted by 土産 at 13:02| 日記
熊本、土産
熊本の土産も数多いが、辛子レンコン、馬刺し、ミカン、イチゴなどは熊本の食品土産としては代表格だろう。昔は土産と言えば、年配者はこけし人形の類い、若い人であればペナント等の類い、要するに食品でないものが多く、食品の土産となると日持ちのするお菓子と熊本に限らず相場は決まっていた。ところが新幹線や飛行機、高速道路網など交通機関や宅配便などの発達で翌日には全国の目的地に届けられたり運んだりできるようになり、土産として食品が近年大いに伸びたのである。従来であれば冷凍もの食品など土産になりようがなかったのに熊本から東京や北海道まで、冷凍の宅配便まであるのだから恐れ入る。熊本は暖かい所であるから、柑橘類の栽培が昔から盛んなところで、ミカン畑があちこちに見られる。なかにはザボンなどという子供の頭どころか、大きいものは大人の頭ほどもあるザボンがなっているのが熊本南部で見られる。これは見ものであると同時に熊本の土産品としては是非おすすめである。ただのミカンやイチゴなら全国いたるところで入手できるが、ザボンとなるとそうはいかない。これをどんと3つばかり渡されると、熊本らしく壮観だし、面白い。また、食品土産として定番のお菓子だが、これはただ単に御当地の名所観光地の山や湖沼などの名を冠しただけの土産物は止めたほうが良い。実に味わいがない。どうせなら、熊本であれば加藤清正などのようにその地の歴史との関わりを菓子にしたようなのが、菓子にも「年輪、年季」を感じて良い。そのような土産物をもらうにつけて、熊本とはかようなところであったかなどと歴史的背景を知らされたり、再認識されたりして、何かちょっと得したような気分にもなれる。そんな土産が欲しいものだ。
九州、土産
九州の土産品となればもうこれはキリのないほどの数になる。
北の博多人形、明太子、伊万里焼、長崎のビードロ、佐賀嬉野の茶、かるかん、馬刺し、柑橘類、南国産フルーツ、池田湖のイッシー物、エトセトラでキリがない。
御当地名を冠したお菓子の土産となればもう星の数ほどと言いたくなるだろう。
九州といえば北九州もあるのだが、どうしても全般的に暖かい所、暑い所というイメージがつきまとうせいか、また実際南国のフルーツが花盛りだ。最近は宮崎県が東国原氏のおかげで注目を集め、彼が土産物を一つ指差して「これは美味!」と言えばあっというまに売上倍増とくるので恐れ入る。マンゴーなどがその代表格であるが、九州でマンゴーと言えば従来熊本の方が知名度があったものだが、九州の土産品としてマンゴーは今や宮崎となってしまった感がある。九州の果物の土産品はいかにも南国ムードが漂うが、ザボンだのメロン、サトウキビだのバナナまである。これらの南国臭のする果物土産はいかにも九州が南の島であることを如実に示すものではある。
しかし一方、「寒漬け」などという大根を干して醤油に浸した熊本南部の土産品もある。その名の通り、寒い冬の漬物であるから、これはあまり南国九州らしからぬ土産品と言えなくもない。九州といえども、それも南九州といえど冬は寒いのだ。北関東、東北の農家の軒先のようにして、大根が縁側の軒に吊り下げられる光景は九州も同じだ。何だか意表をついたような土産品としてお勧めである。意表をついた土産はもらった者への問題提起までしてくれる気がする。
北の博多人形、明太子、伊万里焼、長崎のビードロ、佐賀嬉野の茶、かるかん、馬刺し、柑橘類、南国産フルーツ、池田湖のイッシー物、エトセトラでキリがない。
御当地名を冠したお菓子の土産となればもう星の数ほどと言いたくなるだろう。
九州といえば北九州もあるのだが、どうしても全般的に暖かい所、暑い所というイメージがつきまとうせいか、また実際南国のフルーツが花盛りだ。最近は宮崎県が東国原氏のおかげで注目を集め、彼が土産物を一つ指差して「これは美味!」と言えばあっというまに売上倍増とくるので恐れ入る。マンゴーなどがその代表格であるが、九州でマンゴーと言えば従来熊本の方が知名度があったものだが、九州の土産品としてマンゴーは今や宮崎となってしまった感がある。九州の果物の土産品はいかにも南国ムードが漂うが、ザボンだのメロン、サトウキビだのバナナまである。これらの南国臭のする果物土産はいかにも九州が南の島であることを如実に示すものではある。
しかし一方、「寒漬け」などという大根を干して醤油に浸した熊本南部の土産品もある。その名の通り、寒い冬の漬物であるから、これはあまり南国九州らしからぬ土産品と言えなくもない。九州といえども、それも南九州といえど冬は寒いのだ。北関東、東北の農家の軒先のようにして、大根が縁側の軒に吊り下げられる光景は九州も同じだ。何だか意表をついたような土産品としてお勧めである。意表をついた土産はもらった者への問題提起までしてくれる気がする。